“黒”側のサーヴァントの一人、真名はアヴィケブロンだが正式な名前はソロモン・ベン・ユダ・イブン・ガビーロール。十一世紀の哲学者、詩人、そして魔術の一ジャンルであるカバラを扱うカバリストであった。ユダヤのプラトン、という異名も持つ。
言うまでもないが、ダビデの息子であり七十二の悪魔を使役したソロモンとは全く何の関係もない。名前で混同されることを恐れて「アヴィケブロン」の方を推すことにした。
サーヴァント、キャスターとしてはやや扱いづらいタイプだろう。基本的にマスターの命に忠実であるが、彼の本領を発揮するためには莫大な費用と時間が必要になる。ダーニックがロシェにキャスターを先行して召喚させたのも、ゴーレムの製造工場を構築するだけで並の魔術師が十回破産する程度の予算とかなりの時間が必要となるから。ただし、一度軌道に乗ると、ゴーレムがゴーレムを造るようになるので人件費はあまり考慮しないでいいのが長所か。
虚弱で病を患うことが多く、中でも皮膚病が重かった。そのためか厭世的、悲観的であったと伝えられており、本編でもその性格を遺憾なく発揮している。何しろ死んでも仮面を取ってその顔を晒すことがなかった。
史実において、アヴィケブロンは哲学的な思想をアラビアからヨーロッパに伝えたとされている。また、へブライ語の「受け取る」という言葉から「カバラ」という言葉を生み出した。
伝説では身の回りの家事をさせるため、女性型のゴーレムを鋳造したという。本作では、ヴィクター・フランケンシュタインと同じく『原初の人間(アダム)』の創造に挑戦する。ただし、功名心のみで動いたヴィクターとは異なり、彼が目指したのはあくまで自身の民族の受難を打ち払い、真の楽園に到達させるためだった。
性格は小心者にして冷徹。自身の弱さを理解しつつも、聖杯戦争に賭ける意気込みは人一倍だった。ただし、その目的は『原初の人間』を鋳造、始動させたことで大部分が叶った。そこから先、『原初の人間』がどのように動くかは、彼には無関係の事柄だったからだ。
彼が滅びたとしても、その結果を受け入れるだけ。
“赤”と手を組んだのは保身というよりも、“黒”の側に居たままでは成立しない、よりベターな選択をチョイスしたから。
“黒”のアーチャー(ケイローン)の矢にほぼ無抵抗で突き刺されたのは、本人の実力もさることながら、既に糧となる覚悟を決めていたため。彼にとって、自らを尊敬するマスターと共に戦うのは決して悪くはない気分だったが、それでも人生全てを擲った己の希望が、手の届くところにあるという誘惑には逆らえなかった。そしてその選択の代償を支払うべきと考えただけだった。アヴィケブロンにとって、自分の命など価値がない。より正確に記すと、宝具を完成させた時点で、自分の価値がゼロになったのだと論理的に帰結したのだ。
伝説によると彼の詩才を嫉んだある男によって殺され、イチジクの樹の根元に埋められたとされる。イチジクがあまりに甘美な実をつけるのを不思議に思った人間たちが掘り返し、男の罪が露見したとか———。
サーヴァント