“黒”側のサーヴァント……であるが、離反して独自行動を取っている。真名をジャック・ザ・リッパー。世界でもっとも有名なロンドンの猟奇殺人鬼(シリアルキラー)。
一般的に猟奇殺人を犯す者は、大別して二つに分けられる。秩序型と無秩序型、ある程度理性の秩序を保ったまま殺人を犯すことができる者と、全く理性なくその人間にしか理解できない理由で殺人を犯す者である。どちらが捕まりにくいかといえば圧倒的に前者で、後者は証拠隠滅すらしないためだ。そして切り裂きジャックは無秩序型であった。
証拠が多数見つかったにもかかわらず、切り裂きジャックが捕まることはなかった。それは当時の科学的捜査に限界があったこと、被害者が娼婦ばかりで初動捜査に出遅れが生じたことなどが挙げられる。
一方、無秩序型でありながら切り裂きジャックは新聞社に手紙を送り、パニックを煽り立てるなどの行動も見せている。偽手紙という可能性も大きい一方で、完全に偽物だという証拠も掴めなかった。
ジャック・ザ・リッパーがある意味で、これほど世界に膾炙したのはこの圧倒的に謎めいた部分のせいだろう。そのためサーヴァントとして召喚される際も、クラス次第あるいは召喚される土地次第で、様々に変化する。聖杯により、「真のジャック・ザ・リッパー」が定まった場合を除き、この変化は起こり続ける。
……今回、アサシンとして召喚されたジャック・ザ・リッパーはロンドン、ホワイトチャペルに多数住んでいた娼婦によって堕胎された子供たちの集合体である。生まれることすら叶わなかった彼ら、彼女らは母親の胎内に回帰することを求めて殺人を繰り返した。言うなれば、「被害者側」から生誕したともいえる異端のジャック。
ただし、それが「切り裂きジャック」であるかどうかは本人にも定かではない。何しろ彼女たちは悪霊の集合体なので記憶は常に朧気、娼婦を殺したことは覚えていても誰を殺したかまでは不明なのだ。彼女たちがアサシンとして殺しているのは特定の個人ではなく、自身を殺害した社会そのものであり、彼女たちが抱く激情は如何なる英雄にも理解できず、救いようがないものだ。
サーヴァントとしては知名度の高さもあってか、図抜けて優秀。殺人鬼であるせいか、「魂喰らい(ソウルイーター)」としての効率が極めて良く、素人で魔力供給がほとんどできない六導玲霞であっても、殺害を繰り返すことで一線級の戦闘力を保持し続けた。
反面、その扱いづらさは今回の聖杯大戦中でもトップランクだろう。そもそもが「マスターに従う」というサーヴァントとしての基本を理解しているかどうかすら怪しい。彼女たちにとって現世は帰還するものではなく、未知の場所に他ならない……つまり、未練はないからだ。
その点で考慮すると、元マスターである相良豹馬とジャックとの相性はほぼ最悪であり―――というよりは、魔術師たちとジャックとの相性が最悪と言うべきか。唯一、六導玲霞のみがジャックという存在に適合するマスターなのだ。
ジャンヌの手によって昇華され、悪霊の集合体としての結合が崩れた彼女たちが再召喚されることはない。今後同じ条件を揃えても、別の「ジャック・ザ・リッパー」が召喚されるだけである。
サーヴァント