もしくは、化野九郎。
属性は地だが、妖精郷を経たことで変質している。
本編における、エルメロイII世の最大のライバル。もしくはII世の影。本人が才能を持たず、生徒たちに助けられたのがエルメロイII世なら、本人が無類の才能を持ち、それゆえに生徒たちに裏切られたのがハートレスという男だ。
扱う魔術は多岐にわたる。
当時の現代魔術科は、魔術についてあまり系統だっておらず、比較的歴史の浅い魔術を片端から保存していたのだが、ハートレスはこのことごとくを修めてのけたのだ。どこまで意識していたかは分からないが、ある種のタイムパラドックスを含む、化野九郎とハートレスの二重人生も大きな影響を与えただろう。
ハートレスのもととなった化野九郎は自分の未来の姿であるハートレスから指導を受けることで、途轍もない速度で実力を伸ばしていった。周囲からは瓶水を移すようと思われていたが、なんのことはない。本当に未来の自分から、素質も思想も見きった完全に的確な指導によって、その能力のすべてを移譲されていたのだ。
……つまり、これは第五次聖杯戦争における、とあるアーチャーと衛宮士郎のオマージュなのである。
心臓を裏返すという行為は、II世が看破していた通り、能力というよりは単なる欠陥である。妖精郷に置きっぱなしになっている彼の心臓と、いまや抜け殻になった彼の身体の内側をつなぐことで、魔法の域に近しい疑似転移を可能とするが、これは心臓にメスをいれて裏返すような行為なのだ。
魔眼蒐集列車では、彼は涼しい顔で二度心臓を開いているが、実のところ最大のピンチはあのタイミングだった。
視界を奪う、簒奪の魔眼の持ち主。
本来、対になったものを探し出す失せ物探し程度の―――それなりに珍しいが、格は低い魔眼だった。しかし、これも妖精郷を経た結果、「魔眼の視界さえ奪う魔眼」へと変質してしまっている。
作中では、十年をかけて、魔術世界をひっくり返そうと目論む。
これはけして、化野九郎にとって仲間だった生還者たち(ハートレスにとって弟子だった四人)の裏切りに怒ったためではない。時間を越えて、ニ度同じ裏切りに立ち会ったことで、この事象を「単なる因果の帰結である」と、彼は捉えるようになった。
水は高きより低きに流れる。炎で焼かれたものは灰となる。
ならば、このシステム自体を変更しない限り、無限に同じことが起こる。だからこそ、ハートレスは現代魔術科の学部長を辞し、あらゆる手段を厭わず、時計塔による既存の魔術世界を転覆させようとした。
この際、最初に必要となったのが、ほかの魔術師を圧倒する情報である。
慎重に相手を選んだ結果、天体科の君主マリスビリーと手を組み、密かに七年前の魔眼保持者連続殺人事件を引き起こす。これによって多くの魔眼を得たハートレスは、時計塔では重視されてなかった聖杯戦争の真実を知り、同時にこれらの情報を隠匿することとなる。
結果として、聖杯戦争では目的を達成しえないと知ったマリスビリーも、自身の計画を中止することとなるのだが……これはまた別の話である。
いずれにせよ、サーヴァントの存在や第四次聖杯戦争の真実を知ったハートレスは、次の段階へと移行する。つまり、神霊イスカンダルによる、神代魔術復興計画である。時計塔がくだらない陰謀に明け暮れているのは、衰退していく神秘を取り合っているからだ。ならば、そんな必要のなかった神代の魔術を取り戻せば良い、と考えたのだ。
余談だが、フェイカーとのコンビは、彼にとって愉快なものだった。
常に裏切られることを予測していた彼の人生の中で、『王の軍勢』の裏切りに激怒していたフェイカーとの付き合いだけは、そんなことを考えずにすむ関係であったからだ。おおよそサーヴァントとマスターの関係というのは、どこか緊張感を孕んだものなのだが、フェイカーにとってのハートレスはともかく、ハートレスにとってのフェイカーは、ずっと安心できる相手だった。
冠位決議のフェイカーがどこか毒気を抜かれたようだったのは、そんなハートレスの態度を見続けたからでもあったろう。魔眼蒐集列車から冠位決議までの間、エルメロイII世のあずかりしらぬところで、このコンビはいくつかの事件に遭遇しているが、そのたびに妙に楽しそうなハートレスを目撃して、「なんだこいつ」とフェィ力ーは眉をひそめていたのだった。
彼の数奇な人生の中で、魔術世界を転覆させようとした最後のこのニケ月だけが、激動の内容にかかわらず、ひどく穩やかなものであった。