もはや現象と化したゴースト。
戦いを憎み、推奨する救世主の欠片。
「この未来は間違っている───誰かが、やり直さなくてはいけない」
EXTRA全体の命題である『停滞との対峙』を、亡霊はそう断じた。
これは停滞、人間の悪性に対する戦いだ。
血を流しながら進むのか、
手を取りながら進むのか。
絶望の後にこれを否定(踏破)するか、
絶望の後にこれを肯定(解決)するか。
その是非を亡霊は問う。
過去に生まれ、現在に写し出された責任者として。
「世界は袋小路に入っている。
この未来はとっくにデッドエンドを迎えている。
人類は結果を出さず、見苦しくも半ばで終わる」
人類はとっくに終わっている。
この『停滞』こそ証だ。
凛はそれを西欧財閥の支配からくるものと考えた。
レオたちが自分たちの都合のいいように技術の進歩、感情の起伏を抑えているのだと。
レオもまた、その自覚はある。財閥はそのように世界を支配していると。
だが───レオは最後まで凛には語らない。
社会が停滞するように仕組んでいるのは西欧財閥だが、それ以外の確かな選択が、いまだ生まれていない事を。
「世界の停止は、おまえたちがそう望んだからだ」
誰も未来なぞ望んでいない、興味がない。
前に進む事より立ち止まった方が遙かに楽だ。
だいたい───人間はもう十分に幸福だ。
これ以上の進歩なんて、それこそ不要なものだろう、と人々の意識は語る。
「馬鹿な。それでは意味がない。ただ幸福でありたいと願うのなら、はじめから動物のままでいれば良い。
幸福以上のものを求めて、君たちは、我々は、多くの血を流してきた筈だ」
亡霊はその弱さに憤怒する。
なぜ人々はそこまで強くありながら、弱いのか。
この結末は、はたして二千年の価値があるのかと。
「争いを忘れた人間は消え去るのみ。生存競争こそが生命の根底。真の意味で生き残る手段である」
そう。争いこそが進化の道だ。
殺せ。拓[ひろ]がれ。奪え。栄えろ。
この星を枯らすのなら、この星を置いて宙[ソラ]に至れ。
それが人間の、最低限の責任だ。
「そして、君こそがその結晶だ。
その成長を見たまえ。戦いが君を育て上げた。苦境がその血肉を鋼に変えた。一流のハッカーたちをも凌駕させた。なのに───その尊さを知る君が、この闘争[ねがい]を否定するのか?」
ムーンセル中枢、
月の眼の前で二体の亡霊は対峙する。
彼らは同じ過去の人間。
この未来に対して、客観的な感想を述べられる数少ない人間だ。
戦いの王はこの未来を否定する。
しかし貴方は、そこまでの視点を持たなかった。
「この時代に何の価値も見いだせなくても。
この未来がすべて他人事にすぎなくても。
たとえ、ワタシたちの夢見た先が、愚かしい行き止まりでも。ここに生きる人たちの人生を、否定する事はできない」
「君は、この未来を認めるのか」
「いや、貴方と同じだ。認める事はできない。
───けれど、憎む事も、またできない」
聖杯戦争の舞台となった観測機械。
その電脳世界が海のイメージである理由。
生命の根底が争いだというのなら、月の眼の根底は見守ることだ。
その在り方を月に訪れたマスターたちは無意識に理解していた。
ただ彼だけが、誰よりも早く中枢に辿り着いた彼だけが、その強さの在り方を理解しなかった。
「……だとしても。停滞[ここ]が、我々の現実だ」
起こした悲劇は変えられない。
奪った責任は果たさなければならない。
敗北の予感を受け入れながら、持論を曲げずに救世主の欠片は剣を取る。
「気が付けば、人類は成熟期を過ぎていた。
1900年まで成長期だった。
だが、そのあとに来るであろう成熟期───未熟な時代を経て、ようやく訪れるであろう黄金期がまるでなかった。
まるで腐乱した果実だ。
もっとも豊潤な時期がすっぽり抜けている。
それは、あまりにも罪深い。
失ったもの、培[つちか]った費用に酬いるだけの結果を残さなければ、すべてが嘘になる。
この未来は間違えている。人類はもう一度やり直さなくてはいけない。小さな紛争ではだめだ。誰もが当事者になる生存競争でなければ、私たちの目は、私たちの意識は成長しない」
彼は戦争への憎しみ、奪われたものの怒りに突き動かされているのではない。
人間はもっと凄いものだ。
生命は、人類は、過去の人間たちには想像も出来ない場所に行かねばならない、と。
そんな善性の理念が、この亡霊を救世主にまで押し上げた。
彼の考えは選民的ではあるものの、正しくもある。
たしかにこの時代の人間は疲れている。
飽きている。諦めている。未来を夢観る事を、とっくの昔に忘れている。
けれど───
「それを選ぶのは、その時代に生きる人々の責任だ。
トワイス・H・ピースマン。
貴方が守るべき時代は、とうの昔に過ぎ去った」
決別の言葉と共に戦いの幕はあがった。
七つの海を乗り越えた最後の戦い。
その結末を知るものは、ムーンセルとプレイヤーだけである。