“黒”のアーチャー

“黒”側のサーヴァント。真名はケイローン。ケンタウロス―――半人半馬の一族で、ギリシャ神話に名高き大賢者である。
穏やかな性格、マスターを立てつつもマスターのためになるようならば、忠言を絶やすことはない。敵味方問わず、侮ることなく蔑むことなく、情動が激しいギリシャ神話の英雄の中でも例外的なほどに冷静である。“黒”側の軍師役となつて、陰になり日向になり陣営を支え続け、最終決戦に臨んだ。
通常、ケンタウロスは馬の足で走りながら弓矢を苦も無く使う優れた狩人であると同時に、あらゆるものを奪う野蛮な怪物たちである、と見なされていた。しかし、ケイローンのみが例外的に「賢者」として認識されていたようだ。
ケイローンは主神であるゼウスの父クロノスと、とある島の女神ピリュラーとの間に生まれた子である。しかしクロノスは馬に化けて彼女と交わったため、ケイローンもまた、半人半馬のケンタウロスとして生まれてしまった(営みの最中に妻であるレアに襲撃を受け、種馬に化けて逃げ去ったという説もある)。怪物のような彼に乳を与えることを厭ったピリュラーは菩提樹へと姿を変えてしまった。
父母に愛されなかったものの、成長したケイローンはあらゆる勉学に秀でた賢者となった。これは母の名である「ピリュラー」が菩提樹を意味することとあながち無関係ではない。菩提樹の花は気付け薬に使われ、樹皮は占いや書板として活用されたためだ。
大人になったケイローンは、ギリシャ中から乞われて「未来の英雄」を養育し始めた。彼が教えを与えた者にはヘラクレス、アキレウスの他、後に医術の神となったアスクレピオス、双子座に昇華されるカストールなどがいる。アルゴナイタイのリーダー、メディアを籠絡することになるイアソンも、彼に教えを受けた者の一人である。
ある日、ケンタウロス族の争いを止めようとしたものの、何者かが放った毒矢によって不死のまま延々と苦しみ続け、不死を神に返すことで射手座の星となり、ようやく救いを得た。聖杯戦争に参加し、聖杯に託す願望はその不死を取り戻すことである。彼にとってみれば、それは父母が与えてくれた唯一の贈り物なのだ。
サーヴァントとしては不死を返し、両足を人間に変化させたことでステータスがわずかにランクダウンしているものの、それでも一流のサーヴァントと呼べるほどの高い―――ある意味異常すぎるほどのスペックを誇っている。そもそも剣術、弓術、馬術だけでなくレスリングも教えていたようなので、人間の足で動くのも比較的慣れているのだろう。
スキルの複合効果で擬似的な未来予知すらも可能な、まさに万能。難点としては決め手に欠けるあたりか。智慧もへったくれもない力押しには、こちらの強みが薄れてしまうのだ。
足りぬ人間が足りないままに足掻き、それでも前に進もうとする姿を心より愛するため、“赤”側として召喚されたとしても、間違いなく死を覚悟で離反したものと思われる。
もっとも本人に言わせれば「教師ならではの傲慢さです、お恥ずかしい」と答えるだけだろう。
本編ではモードレッドと軽く小競り合いをした以外は、アキレウスとの戦いに注力した。何しろ、アキレウスを傷つけることができるのは唯ーケイローンだけだったのだ。その戦いはサーヴァントとしての本質を忘れてしまうほどの喜びだったが、死の間際に再びサーヴァントに立ち返り、きっちりアキレウスに致命的な一撃を加えていった。

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